2018年3月7日水曜日

第7回 ハロー・アイム・ヘンリー

 ヘンリース、というジャグリングの道具を売っているお店がある。
 ドイツのカールスルーエという街に本社を置き、その歴史は(現代ジャグリング史の中では)古く、僕の記憶が正しければ、俗に言う「ボーリングのピンみたいなやつ」、つまりジャグリングクラブを初めて、今もっともスタンダードな形で規格化し、量産して販売したお店です。それが30年以上前のこと。
 ヘンリースが今も自社製造している「ピルエットクラブ」はジャグリングクラブの標準で、アマもプロも、とりあえずこのクラブを選べば間違いない、というくらいの逸品です。
 クラブ以外にもゴム製ディアボロ「ディアボロサーカス」で知られ、各国から発売される良質なディアボロ群が市場でしのぎを削る今も、未だに愛好者がいます。僕も、触った感じや落ちた時の音が結構好みなので時々使っている。
 かつては(と言いつつ、15年ぐらい前のことですけど)ディアボロを買うにもそれほど選択肢はなく、扱いやすいディアボロとして有名なところでは、オーストラリアのYoho!という会社のものか、この「ディアボロサーカス」ぐらいしかありませんでした。なので僕も一時はこのディアボロを使って熱心に練習をしていましたし、「カーボンスティック」という、軽くて扱いやすい画期的な製品にも大変お世話になっていました。
 僕がジャグリングを始めてからこっち側の人生では、いつも「ヘンリース」と言う名前が「ジャグリング道具の老舗」としてインプットされていたわけです。

 さて、昨年の夏の話。
 僕と仲間二人で、EJC(ヨーロッパのジャグリング大会)で雑誌のブース出店をしていました。
 店番をしていると、『ピノキオ』に出てくるゼペットさんのような男性がこちらに近づいてきて、「ハロー、アイムヘンリー、フロムヘンリース」と自己紹介をしてきました。顔をあげてみると、それはヘンリースのブースからやってきた創業者のヘンリーさんでした。
 それはあまりに唐突に「私はヘンリースのヘンリーだ」と面と向かって言われたので、それをきっちり飲み込むのに数秒かかりました(本当に)。それで、「ああ、どうもヘンリーさん」と言い、信じられないな、と思いながら何をするのか見ていたら、「この本を一冊くれないか」と言って、雑誌のPONTEを手に取りました。
 すごく嬉しかったのを今でも思い出せます。もちろん差し上げてもよかったのですが、ちょっと考えて、せっかく買ってくれると言っているわけだし、お金を払って買っていただくことにしました。その時は、なんとなくそのほうが適切な気がしたんでしょうね。今でもそんな気がします。
 そのあと少しお話をして(残念なことに内容は覚えていない)ヘンリーさんはどこかに行かれました。

 とても不思議な気分でした。
 毎年ヘンリースブースで仕事をする様子を見ていたので(だいたい、クラブを工具でバチンバチンと修理している)別に初対面でもないのですが、向こうから「私はヘンリーだ」と突然言われると、「そうか、これがヘンリースのヘンリーさんか」と真実をやっと明かされたような、十数年の認識が鮮やかにひっくり返るような心地がしました。

 そしてさらに嬉しいことには、偶然その夏、カールスルーエに住んでいるドイツ人の友達、ティムくんの家に泊まることになり、ヘンリースのお店を実際に訪れることができたのでした。
 実際に行ってみるとそこはジャグリングショップ、というよりはおもちゃ屋さんみたいで、ボールやディアボロ、クラブの他にも、腹話術の人形や、木製のゲーム、ハンドスピナーみたいなものも置いてあり、店員の女性も、英語は苦手なようでしたが、とても親切な、気楽な雰囲気のところでした。
店の横の通り。奥に見える右の人がティムくん。ヘンリースで働いている。

店を物色する筆者。楽しげなボールもたくさん売っている。

それほど広くもない店内。

 こうして僕の中では、今まで「良質なジャグリング道具を作っている遠くの国にある会社」という、中身の見えないアイコンだった「ヘンリース」が、一気に、「気さくなおじさんが店長の、町のおもちゃ屋さん」という、具体性を持った、温度のある印象へと変わったのでした。
 ヘンリーさんとは、もう一度、ゆっくりお話がしてみたいと思っています。

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