2018年5月31日木曜日

第90回 即興のこと

即興というのはなかなか難しいもんだな、と思います。
即興をすること自体はいいのですが、それを見せる、という時に、どういうことが面白いのか、ということを、なかなかはっきりと自覚しづらいから、ということがあると思います。

即興をうまくできること、の中には、「観客を信じること」も入っているような気がします。
見てくれている人は、どの程度までの冗長性を許してくれるのか、ということに不安があると、どうも変にテンポを早くしてしまったり、それまでの流れを不用意に変えてしまったりします。

その場の空気を感じ取れるようになること、というのも、即興がうまくなる大事なコツのような気がします。

ううむ。

2018年5月30日水曜日

第89回 台湾のジャグリングバトル


台湾で、ジャグリングバトルが開かれます。
釘孤枝雜耍擂台(ティンコーギ ザースワ レイタイ)
という名前です。

漢字と発音が全然一致しないですね。

日時は、2018年9月2日。一日限りの開催です。
去年も開催されていて、日本からはKOMEIさんが参加していたり。
台湾版、ジャグリングジャムセッションですね。


ところで日本人向けに、主催者のシンホーが出していた文章が最高だったので、ここに全文掲載しておきます。

Tìng-Koo-Ki Juggling Battle 
釘孤枝(ティングクギ)ジャグリング バトル
https://goo.gl/nMQHtbe
釘孤枝(台湾語)*ティングクギとは1対1で喧嘩(プレイ)する事です。
例:I beh kah lí tìng-koo-ki.(あいつ喧嘩売ってきた。)
—資料:臺灣閩南語常用詞辞典
"ジャグリング バトルは、ビー ボーイ
バトル カルチャーを見習う"
私が思うには、優秀なビー ボーイは以下の条件を満たす事が必要だと思います。
1.独特のスタイルがある
2.バトル相手、観客、ジャッジが提供するメッセージを感じ取り応答する
3.音楽を感じられて調和する
4.自分なりの技があり、技を技のコンビネーションする
演技者が五感を最大限に開き、無拘束に即興し、緊張感が溢れたステージでも、自分のありばを見つけ自分らしさを発揮出来る事が、バトルの本質だと思います。
ダンサー、役者、音楽家、画家、作家は多かれ少なかれ即興の能力を持っており、欲を言いますと、ジャグラーにこれを目標に頑張って欲しいです。ユニークなオリジナルスタイルでステージに立て、お客さん達をあなたが作り上げたステージに招いてください。
今、台湾でのジャグリングが徐々に発展してきてます。分野を越えた交流を促進する為、釘孤枝(ティングクギ)ジャグリング バトルは、「無差別格闘」と設定してます。演技者とジャッジはファンデーション/オリジナリティー/パーソナリティーを主に評価します。
緊張感が溢れたバトルの中、面白いオリジナル性が見られ、サーカス界にストーリートぽいパーフォマンスが注入出来たらいいと思います。
釘孤枝(ティングクギ)ジャグリング バトルはコンベンションでもあり、パーティでもあるます。皆んなで一緒に情熱を一生懸命頑張っている人達に届けましょう!
*ジャグリングチャレンジカップは、今年嬉しい事に、台北芸術祭に招待され、
我々は歴史長い古跡でに競技する事になりました。一緒に台湾でのユニークなサーカスの歴史を目にしてください。
時間:2018年9月2日午後7:30
会場:台北市中山堂光復廳
Tìng-Koo-Ki Juggling Battle 
釘孤枝(ティングクギ)ジャグリング バトル
https://goo.gl/nMQHtbe



「フリースタイル」を「無拘束に即興」って、とかツッコミどころも満載ですが、(でもフリースタイルって言われるより、イメージはわきやすいかも)
それより何より、ここまで目標がはっきりと書かれているのが素晴らしいと思います。

「サーカス界にストリートぽいパフォーマンスが注入できたらいいと思います」なんか、なるほどな、と思います。

参加希望の方は、ちょっとどうしたらいいのか判然としないのですが、日本からでも参加できます。

2018年5月29日火曜日

第88回 見たことあるようで、あまり見たことのない組み合わせ

カンパニー・デフラクトのメンバーが、アーティストと協力してジャグリングのビデオを公開しています。
こちら

げげげっ、これはとてもいいぞ。

ジャグリングから線を抽出したり、ショッキングな感覚と組み合わせたり。

見たことあるようで、あまり見たことのない組み合わせのような気がします。
上記サイトより、無料でダウンロードして、見ることができます。



2018年5月28日月曜日

第89回 一人ではなかなか難しいこと

昨日、京王線沿線にある、千歳烏山に行きました。
「ジャグリングでやりたいことをやりやすくするための場づくり」の用事です。
これについては、以前からおりに触れて書いたり、話したりしてきました。

それがいよいよ、実現しそうです。
どのような形で続いていくことになるかは実際にやってみないとわからない、という気もしますが、とにかく、実現します。

今関わっているのは、PM Jugglingのだいごさん、そいそい、そして、僕もPONTEとして、できることを色々とやっていくつもりです。

ジャグリングを軸に人が集まって、
明るくなれる場を作れたら、と思います。

一人ではなかなか難しいこと、というのがあります。
PONTEにしても、そうです。
一人でやっていくのは気楽である一方で、継続していくことは容易ではないです。

まだ絶対に実現します、という段階ではないのと、計画が半ばであることから、
歯切れの悪い言い方になってしまいますが、とにかく、これからの動向に、乞うご期待。

2018年5月27日日曜日

第88回 フィンランド。

今年の夏は、ポルトガルとフィンランドに行くことになりそうです。
フィンランドでは、FDC(フィニッシュ・ディアボロ・コンベンション)に行くことになると思います。
それ以外でも、少し前後で2週間くらい滞在して、現地で見聞を広めてこようかと思っています。
なんでも今、知り合いのサムリさんが、EJC2010の開催地ヨーエンスーに、
9月、サーカスシアターを開くそうなので、それの見学にも行こうと思っています。

フィンランドいはいい思い出ばかりが残っています。
とにかく、フィンランドの人とは、変な気負いなく喋れるな、と思うことが非常に多い。

イタリアでは(申し訳ないんだけど)そういうことばかりではなかった。

でもまだフィンランドの各地を回ったわけではないので、時間が許せば、いろいろと回ってみたいとも思う。

2018年5月26日土曜日

第87回 ジェイとアイスランドとジャグリング

アイスランドに長らく行きたいと思っています。
単純に国として興味がある、ということもあるし、なんだか、ジャグリングとしても面白そうだな、ということがあるからです。

というのも、ジェイ・ギリガンが、アイスランドが好きでよく行っている、
シューボックスツアーなんかの公演もよくやっている、という話を聞いて、
「ジャグリング」のイメージがついてしまったんですね。

実際には、たぶんアイスランドに行ってもジャグリングはみられないでしょう。
でもいざ国を訪れれば、「ああ、なるほどな、ジェイはこういうところが好きなんだ」
とか、納得できるような気はする。

ところでジェイやエリックが、「幾何学模様」に惹かれているのって、なんなんでしょうね? これも、長らく疑問(というか)に思っていることです。

そのあたりの美学には、北欧のデザインの系譜だとか、産業デザインの流行りだとかに結びつけて考えられるものがある気が、する。

あ、そうそう、今年のEJCにはジェイも来るみたいです。

2018年5月25日金曜日

第86回 EJCとか、その他のことについて話すこと

 きのう、ジャグラー同士でEJCの話をした。
 遠方から、コンタクトジャグラーのたろりんさんも来てくれた。

 僕は今までこういう風にして、色々な人にヨーロッパのジャグリングのことを話してきた気がする。それを近頃は、変な言い方だけれど、「ミッション」のように感じてさえいる。なんとなく、大事なことのような気がしている。

 以前は、「もっとヨーロッパのことを知ってもらおう」みたいな、啓蒙的な態度になってしまうのがいやで(「あなた、ずっとそんな感じでしたよ」と言われても反論できないが)、むしろ基本的に、あんまり海外の話とか、しないほうがいいのかなぁ、とか思ってしまうときのほうが多かった。(「そんなの嘘だろ」と言われても特に反駁はしないのですが)

 でも近頃どこか吹っ切れたというか、「まぁ、いいじゃないか、好きに話せば」みたいな気分になってきて、それで、人に会うと、割と明るく、楽しく、ヨーロッパや、台湾や、シンガポールに言った話を変に小さくせず、そのままの形で語る、ということをしている。それで、「行きたくなってきました」とか、「行くのが楽しみになってきました」とか言ってくれたら、それで十分嬉しいし、僕はとにかくこういう生き方しかできないんだから、しょうがないよな、という諦観がある。

 だからもう一度言いますけど、EJC、最高ですよ。

2018年5月24日木曜日

第85回 今年のEJC

今年のEJC(ジャグリングのヨーロッパ大会)のことを考えはじめています。
例年だと確か5月くらいにはもうチケットをとっていた気がするんですが、どうだったかな。昨年は出店をしたりしました。

今年のEJCは、ポルトガルの先にある、アゾレス諸島というところで行われます。
アゾレスには、どれぐらいの人が、どんな風に暮らしているのか。人は多いんだろうか。アゾレスは、本当に、周りに何もありません。地図で見ると、ただただ広大な海が広がっているだけのように見えます。そんな島には、どうやって物資が運ばれてくるんでしょうね。
どうもホエールウォッチングなんかもできるようで、ジャグリング以外のアクティビティも、今年は充実しそうです。

何しろ場所が場所なので、参加者も少ないでしょうし、規模も小さいものになるだろうと思います。ただ逆にその小ささが、きっと「親密さ」にもなるだろうな、という気がします。僕が初めて行った6年前のポーランドのEJCは、人数がとても少なくて、(それでも1500人とかでしたが)毎日一度は、知り合いと顔を合わせることができました。

さて、そのEJCの前に、イギリスではキャッチ・フェスティバルという別のコンべンションが行われます。
そちらにもいってみようか、と思っています。
それに、EJCの後には、フィンランドで、ディアボロの小さな小さなフェスティバル、FDCがまた開かれます。
FDCは小学校の体育館で行う、手作りのコンベンションですが、ゲストは毎回各国から上手い人たちを呼んでいて、見応えもあります。
そして何より、湖まで歩いていって入る、フィンランド名物、サウナが最高です。

2018年5月23日水曜日

第84回 新しい体の痛め方

最近よく逆立ちをするので、手首が痛いです。
ディアボロをやっていて手首を痛めることもありますが、
今の痛みは、どうも「これはこのままだと危ないぞ」という予感を含むものです。

でも一方で、こういう「しっかりとした実感を伴う痛み」も、あまりジャグリングをしていて感じないので(あるいは「君が全然練習しないからだ」という人がいても一向に僕は驚かないのですけれども)、からだをしっかり動かすのはいいもんだなと思います。

そして、こういうことは若い時にしかできないんだよな、ということも
最近身の回りに起こっていることで、ひしひしと感じていたりします。

からだを自分で痛めつけて喜ぶ(変な言い方だけど)
ということは、ある年齢までしかできないことなのかもしれない、と思ったりしています。

2018年5月22日火曜日

第83回 ジャグラーじゃなかったころ。

僕がジャグリングを始めたのは、中学3年生の時です。
今から12年も前のことです。

そのころの僕、つまりジャグリングを始めたころの僕の映像は、
特に今残っていません。
たぶんどこかにはあるんだけど、すぐ見られるような所にはありません。

唯一、写真だけはある。

芝生で、チェックのシャツを着ていて、嬉しそうに
ボールを投げている写真です。
ジャグリングを初めて1ヶ月ぐらいの頃だったとおもいます。

その時使っていたのは、100円均一で買って来たゴムボールに、
自分で鳥の餌を詰めたものでした。
そのボールを使うまでは、なんだか、テニスボールかなにかを使っていたと思います。
テニス部のボールを校庭からひろって来て、勝手に使っていました。
テニスボールは、あんまりジャグリングがしやすいボールではないので、自分でやりやすいボールを作って練習し始めた時は、とても充実した気分でした。
これで僕はもっと上手くなるぞ、という予感みたいなものがありました。

さて、ジャグリングを習得する以前の僕は、どういう人間だったのでしょうか?

同じ部活の友達が、2つのボールをお手玉したり、棒をバランスを上手にとるのを見て、
「君はそういう芸がうまいんだね」
と言ったのを覚えている。

そのころの、実際的なからだの「感じ」は、今や全然覚えていません。
それはそうと、昨日の自分のからだの感じだって覚えちゃいないんですけどね。

2018年5月21日月曜日

第82回 ニルダと話したこと

昨日も、引き続きニルダのワークショップ、通訳でした。
ニルダはやっぱり明るい人でした。
そして、色々と遠慮がちだけど、話も合わせやすい人だった。


ヨーロッパのサーカススクールの話、
ベルギーのフェスティバルの話、
立ち飲み屋でビールを飲みながら、はなしました。
そのフェスティバルについて書いたPONTEはこちら

なんだかうまく言えないのだけれど、
こういう風にアーティストと、人として関わる時間がすごく好きです。
シンガポールに行っても、
台湾に行っても、
やはりいつまでたっても覚えているのは、
一緒にパーティをしたことだったり、出かけたりしたことだったりします。
「すごい人だ」なんて垣根は全然なしに、ただ「ひと対ひと」として
一緒に目を見て笑いあっている時間を、心からうれしいよなあ、と思います。

ニルダもそのことは言っていて、やっぱりそういうのって、いいよね、
と、二人でビールを傾けながらゲラゲラ語っていました。

AAPAのお二人や、公演、ワークショップに関わった方々とも打ち上げで話ができて、とても楽しい時間でした。

2018年5月20日日曜日

第81回 ニルダ・マルティネのワークショップ



 昨日、東京・北千住で、ダンスカンパニー・AAPAが主催の、『となりとのちがい』という公演で、ニルダ・マルティネ(Nilda Martinez)というジャグラーとAAPAのお二人が演じる舞台を観ました。
 ニルダは、フランス生まれの26歳。僕と同い年です。(上写真真ん中)
 今はベルギーに拠点を置いています。
 Le Phare(ル・ファー)というカンパニーで活動をしている。
 ニルダ本人は、「僕はジャグラーじゃないんだけど」と言います。
 しかし道具の捌き方はどう見てもジャグラーです。
 そもそもクラブをよく使うので、「ジャグラー」に見えてしまう。


 会場はBUoY(ブイ)という、廃墟を改造して作られた、わりに大きな会場でした。カフェも併設されていて、落ち着いた雰囲気です。

 公演が終わると、ワークショップの通訳もしました。
 内容は「ものを使った時の、からだの動かし方」です。
 「必然性」というキーワードが付くのが、ポイントです。
 振り付けを作る指針として、「こういう理由があるから、こう動く」という「必然性」が必要だ、ということなのでしょうね。
 
 まずは基本的なからだの動かし方を、床からの高さ(レベル)、とか、直線、曲線、文字をなぞる、と行った形で、具体的に実践しました。
 それから道具を持つ。
 ものの重力に従う、とか、人を追いかける、とか、道具の動きを体で追いかける、とか。
 とにかく常に「目標」を据えて、それをなぞる形で、新しい動きを模索しました。

 ジャグラーとダンサーが入り混じって、道具を持ってスペースを動き回りました。
 ジャグラーにはジャグラーの、ダンサーにはダンサーの、動く質感の傾向みたいなものがありました。
 ジャグラーはやはり道具を扱うのがうまいし、ダンサーは、からだを動かすのがうまいです。そういうことって、目の前で対比されて初めて分かるんだな、と思いました。
 やっぱり明らかに違いました。 
 ニルダはちょうどそのいいとこ取り、という感じで、お互いのジャンルの人にとって、刺激になっていたように思います。

 「人が道具を扱っていると、どうしても道具に意識がいってしまうから、その時に環境にもきちんと意識を向けて、視野をオープンに保っておくのが大切だよ」と彼はにこやかに語っていました。「僕にも難しいんだけどね」と。
 ニルダは謙虚で、感じのいいフランス人でした。

 あんまり本筋とは関係ないけど、ヨーロッパのジャグラーと一緒にいると、ヨーロッパに行きたくなるんだよなぁ。

2018年5月19日土曜日

第80回 WIREDで紹介されるっていうのは、なんだか嬉しいですね

WIREDという雑誌はご存知ですか?
テクノロジーや、「イケてる話題」を取り扱う雑誌です。
日本でも独自の編集版が発行されています。(プリント版は2017年末に休刊となった)

アメリカ版WIREDで、ジャグリングが本格的に紹介されているのを見つけました。
ナンバーズジャグリング(多くの数を扱うジャグリング)についての、わりに詳細なインタビュー映像。
フォーカスされているのは、14個で世界記録を持つアレックス・バロン。
BBBで有名なザック・マカリスターも出てます。



『Why It's Almost Impossible to Juggle 15 balls』(15個のボールをジャグリングすることは「ほぼ不可能である」理由)。
内容自体というより、ジャグリングが、綿密な取材の対象となっているということがとても新鮮に、かつ嬉しく感じられました。
たとえば日本の地上波で、「ジャグラーの〇〇さんです、どうぞ!」「すごいですねえ」「どうやってやってるんですか」みたいな、特に本質的な理解を目指していないどうでもいいコメントがなされて、最後は大御所がボケて、(ジャグラーが「イジられ」て)特にリスペクトの空気を感じることなく終わる、みたいなこととは大違いです。
真剣に科学している姿勢が好ましいし、ジャグラーとしても、十分に興味を持って見られる話題です。

これもあんまり本筋と関係ないのですが、「15個をジャグリングするには、15個を投げるということに特化して、身体をOptimize(最適化)する必要がある」と言っているところがあって、その「最適化」という言葉が、自分にとっての大事なワードであるような気がしました。
そうか、ジャグリングっていうのは、多かれ少なかれ、自分を特定の動作に「最適化」することなんだよな、と。
インプロの難しさもそこにある気がしました。
自分を、決められたことに最適化するのではなく、(ナンバーズジャグリングにおいては、最適解がかなりわかりやすい状態である)「その場の状況に合わせて、面白い行動をとれる」という状態に自分を最適化する、ということなのだなと思う。
最適解をいつでも崩せる、というか。

ジャグリングにもいろんな「最適化」がありそうです。

2018年5月18日金曜日

第79回 多分僕はたなかさんの作品がすごく好きなんでしょう

A Project, Seven Boxes and Movements at the Museum from Koki Tanaka on Vimeo.

このビデオ、国立現代美術館で観たのを覚えています。
この中でやっていることは、ジャグラーにも通ずるものがあると思う。

2018年5月17日木曜日

第78回 そしてまた今日もたなかさんの作品・「コーヒーと旅」


coffee and journey from Koki Tanaka on Vimeo.

またこの人の作品を紹介してしまう。
あまり役に立つようなことを書く場でもないので、何かを紹介して、思うところを述べるくらいでちょうどいいのかも。

さてこの作品ですが、このシンプルさがたまらないですね。
コーヒーを入れるためのものたちを、日本中で買ってくる。
なんだ、バカなことするなあ、と思いますが、同時に実際には僕らはこういうことを平気でやっています。
今僕が使っているパソコンだって、パーツごとに分解したら、世界中からの物質が集まっています。
この一事だけにフォーカスされると(もはやドキュメンタリーですらなく説明だけですが)「各地から持ってきたものを一箇所で使う」ということの質感の一端が浮き彫りになりますね。


第77回 アイデアを売っている

Someone's junk is someone else's treasure. from Koki Tanaka on Vimeo.

Koki Tanakaさんの作品ばかり紹介していますけれども。
でも、随分楽しい作品をいっぱい出してらっしゃいます。
この映像でやっていることも、シンプルでとてもわかりやすく、いいです。
「あたりを歩けば拾える、椰子の枝を売る」

ジャグリング関係ないじゃん、とは思いますが、実践のアートとしては良い手本にだなぁ、と感じます。

本人は「アイデアを売っているんだと気づいた」と言っています。
なるほどね。

2018年5月15日火曜日

第76回 最新のPONTEを発行しました。

PONTE公式のページではお知らせしましたが、編集長個人としてもこちらでお知らせします。 PONTEの最新刊の紙版を発行しました。
(お知らせの記事はこちら

 こちらでも読めます。
どうぞ、おひまの折に。

2018年5月14日月曜日

第75回 サティスファクション・オブ・ジャグリング その3


田中功起による、『犬にオブジェクトを見せる』動画。
前から、「ジャグリングをしているそばで、犬がただ何もせずに見ている演技を見てみたい」
と思っていたんですが、すでに似たような発想がありました。

昨日までのものとは切り口は全然違う動画ですが、
これは、「ちょっと変な物体」も、犬にとっては、そもそもの「常識」から無化されるから、全然変なものに見えなくなっている、というところが面白いんだと思う。
(だが依然人間の目には変なものだから、そこに明確に「認識の差」が見えて面白い)
「ちょっと変な物体」を、「ちょっと変な物体操作」に置き換えると、それはジャグリングの話になります。

2018年5月13日日曜日

第74回 サティスファクション・オブ・ジャグリング、その2

昨日に引き続き、「言われえぬ満足感を与える、物体操作」について考えてみます。
考える補助線として、とりあえずこの動画を見ています。


Wes Pedenの、『Throw Joy』から、ホテルルームの場面です。

この動画が示している一つの「爽快感」(またはギリギリで不快感かもしれない)は、昨日紹介した動画に通ずるものがあると思います。

2018年5月12日土曜日

第73回 サティスファクション・オブ・ジャグリング、みたいな

Object Episodesの、Art that Makes you Think About Juggling (ジャグリングのことを思い起こさせるアート)で紹介されていたビデオです。



すごくいいなぁ、と思います。これって、どこがいいのかなぁ、と考えています。
まだはっきりとした文章にはできそうもないのですが(そして、多分「はっきりとした」文章にはできない方がいいような気もするんですが)、思いついたこと、単語を列挙してみます。

  • 「贅沢」だ
  • 「スカッ」とする訳ではない
  • むしろ「ぎゅっ」とした満足感
  • やや「背徳感」に近い
  • だいたい誰もが一度は見たことのある品物を使っている
  • Fidget Cubeに、少し近いものがありそうだ
  • HowtoBasicには近いが、こちらの方が良いと思う。(品があるから?)
  • 「普段はやらないけど、やろうと思えば自分でもできそうなこと」だ
  • 実際にやったら、ちょっと満足する
  • 社会的な「ちょっとしたタブー」を、許される範囲で逸脱している
この質感をうまく分析できたら、ジャグリングの作品作りにも、きっと活かせると思います。

でも、ジャグラーって、ところで、本当にものを扱うことにおいて、有利な立場にいるんでしょうか。
ジャグリングは、「ジャグリング」という言葉、くくりによって「保護」されてしまっている側面があります。普通だったら何かを投げている、というのは「なんか変」なことであり、社会的には、違和感をもたらすこと、いわば「ライトタブー」です。
たとえば会社で、書類の入ったケースを取引先からビハインド・ザ・バックスローで渡されたら、不適切だと判断するでしょう。(あるいは「面白い会社だ」と思って株があがるかもしれませんがそういうややこしいことは置いておいて)

行動を「ジャグリング」という言葉でくくれる間は、少し過激なこと、「不適切」なことをしても、許されてしまう、ということがあります。

やや難しく一般化すると、「名付け」には、場で受容されうる行動の範囲を、変化させる力があります。「アートだ」と主張すると、体にペンキを塗りたくることが「是」の世界にできます。抹茶だって、普通に飲もうと思えばマグカップに入れて、腰に手を当てて飲めますが、「茶の湯」「茶道」の世界になると、それは許されません。

「会社」「社会」という単語にも、多いにそういう力がある。(つまりそれが、許容を促す力にもなりうるし、同化を迫る圧力にもなりうる訳ですね)

もう少しこの動画については考えてみるつもりです。

2018年5月9日水曜日

第70回 フランチェスコ・カスパーニさんのインタビュー邦訳



JugglingMagazine.itを読んでいたら、なんだかインタビューを邦訳したくなったので、手始めに、今年のブリアンツァのフェスティバルに呼ばれていた、フランチェスコ・カスパーニさんのインタビューを載せます。
元記事

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 ジャグリングは、2005年のジャグリングのコンベンションではじめました。
 コンスタントに練習は続けて、各地でちょっとしたパフォーマンスをしつつ、2年後にはサーカス学校に行くことを決めました。様々な理由と、コモ(地名)出身だということもあって、Flic(トリノにあるサーカス学校)に行くことにしました。ITの分野で勉強をしており、舞台関連の経験は全くありませんでした。Flicではゼロから、ダンスや、身体表現、フィジカルシアター、アクロバットの基礎を学びました。

 今は23歳で、(訳者注:このインタビューがなされた年月日は不明)今考えていることは色々とありますが、これからお金を稼いでいくため、コンテンポラリーサーカスのカンパニーを、見つけるなり、作るなりしようと思っています。ジャグリングを取り入れたフィジカルシアターの仕事では、技術を、パーソナリティを表現するための方法として使おうとしていますが、とても難しいです。
 パッシングのデュオもやっていて、その演目は、Flicで個人的に行った、ボールマニピュレーションのリサーチ、複数の物体を使うコンタクトジャグリングと、ストップの動作に関するものを盛り込んだものでした。

 「道具と仲良くなること」について研究をしていて、感情やストーリーを伝えるのは身体との対話であり、それを、リズムの変化や、身体のラインの変化や、空間での動きによって伝えることだ、という風に考えるのが好きです。

 技術の基礎は、ニュートラルな身体を以ってして習得することができます。それから、個々の身体性と向き合い、技術を自分好みに変えていくのです。
 鏡やビデオは使いません。感覚を頼りに進めていきます。なぜなら、鏡は時として人を騙すので、それよりは身体で感じ取った方がいいからです。
 とても重要なのは、取り組んでいるものを、ワーク・イン・プログレスとして人前で見せることです。

 失敗をどういう風に立て直すか、ということについても研究しています。というのは、ジャグラーというのは失敗からは逃れられなくて、ミスをすることを運命付けられているからです。それゆえ、失敗でさえも面白く見せられなければならないし、観客や、それを行っている本人にさえも、気にならないぐらいにして、演技の一部にしてしまう。むしろ、面白い瞬間、ぐらいにしてしまうのがいいのだと思います。


2018/05/09 青木直哉 訳

2018年5月8日火曜日

第69回 ヘンリ・カンガス君



フィンランド生まれの、ヘンリ・カンガス君が新しいビデオを出しました。
ディアボロを手で紐伝いに投げる、という動作をベースにしたトリック集のようなもの。
彼は、そもそもが、普通にディアボロを扱わせても、とてつもなくうまいです。
一昨年フィンランドで会った時話を聞いたら、「小さい頃からディアボロが僕のおもちゃだったからね」とのことでした。

もうディアボロはだいぶどん詰まりじゃないか、とか思ってしまったりもしますが、こういう動画を見ると、なんだ、まだまだ色々ありそうだな、という気になってきますね。

ヘンリ君、今はオランダのサーカス学校Codartsに行ってるんだ。

2018年5月7日月曜日

第68回 SICF(スパイラル・インディペンデント・クリエーターズ・フェスティバル)



ジャグリングユニットピントクルの中西みみずくん率いるチームが、5月4日に東京の青山で公演をしました。
せっかくなので観に行ってきました。

会場は、スパイラルホールという、天井が高くて開放感のある建物です。
入り口を入るとショップがあり、中心にはレストラン。
奥の方には、スパイラル(螺旋)状に緩やかに上って行く階段があります。
階を上がると、これまた、ギャラリーやショップがあります。
いかにも青山、という感じの、小洒落た施設です。

中西くんが披露したのは、「紙幣」と「もの」の交換にジャグリングを見出す演目です。
出演は、山下耕平、好光義也。
ピントクル公式の詳細はこちら

中西くんが率いるピントクルは、日本では珍しい、ジャグリング「を」見せる団体というよりは、ジャグリング「で」何かを見せる団体です。

ヨーロッパなんかではある程度「アートとしてのジャグリング」みたいなものが一定の数上演されています。機会が多ければいい、というものでもないですが、もっとジャグリングの様々な側面を、色々な人に観てもらう機会があれば、面白くなるのかも、などとかんがえていました。

2018年5月6日日曜日

第67回 PONTE最新号入稿


ポーランドに行ったり、ベルギーに行ったり、そうして集めてきた資料と、いろんな経験があります。
これをうまくまとめてみたいんですが、どうも、それは、直接的に共有するような方法ではなくて、少し回りくどい方法で、でも確実に届くようにやらなければならないのかもな、と思っています。

ひとまず、ジャグリング雑誌のPONTEの最新号の入稿が数日前に済んでいます。
今回は、一回、どんどん配ってしまう、というやり方を試してみようと思っています。

理由は様々です。

ひとまず、最新号が出来上がったら、いろんな人に読んでもらいたいな、と、そのことを思っています。

2018年5月5日土曜日

第66回 「ルヴァン」が好きなわたし

「特定の人物の嗜好」はひとつの基準を提供します。
それは、おそらくどんな人であろうと、1人の人の中から必ず「立ち上がってしまう」ものだとも思います。
「この人の嗜好は、基準を提供しない」ということはないだろうと思います。

ただそれが、多くの人に支持され、同じような嗜好を身に付けたいと思われるか、そうでもないか、のどちらかなのだと思います。

人はそれを、「センス」と呼んだりするのでしょう。
あとは、その自分が「これを好きだ」という感覚に、どこまで寄り添っているか、ということが、その人の嗜好の好感度を決める尺度になっているような気がします。

いくら「僕はこれが好きだ」と声高に叫んでも、静かに、「本質的に」自分が好きなものを追いかけている人(対象に耽溺しているひと、というよりは、自分にきちんと対峙している人、かもしれない)にが示す基準には勝てないのだろうな、と思う。
「好みに寄り添う」というのは、自分は何が好きなのか?という問いを超えて、自分がこれを好きなのは何故なのか?ということを捉えようとする運動がもたらす結果だと思うからです。


僕はとりあえず、リッツがすごく好きです。
でもなんか最近のリッツってどうも脂っこいっていうか、味が昔と違うような気がするんだよな。
「ルヴァン」の方が、どちらかというと好みです。

2018年5月4日金曜日

第65回 おじゃみんちゅ

昨日渡邉尚さんの話をしていたと思ったら、なんと、彼が新しい動画を出しました。 その名も、『おじゃみんちゅ』。 

昨年末に、渡邉さんが住んでいる沖縄のお宅を訪ねて、この付近のビーチにも遊びに行きました。
そのおうちから浜が、ほど近かったので、朝7時前に起きて、犬やヤギを見物しながらだらだらと歩いて行って、誰もいない浜で海の静けさを眺めたりしました。
小さなビーチなんですが、水は綺麗だし、よく見ればいきものもたくさんいるし、なかなか幸せな場所でした。 

「おじゃみひょん」というのは、彼のシリーズのタイトルというか、テーマみたいなものです。 一連の作品では、妖怪おじゃみひょんが、京都の民家に出たり、オーストリアの廃工場に出没したり、そしてこうして、友達と沖縄の海をプカプカ泳いでいたりします。
こんな力の抜け具合って本当にいいよな、と思います。
もちろん、いや、逆説的ですが、かなり動画としては力が入っているんだけど、それが、正しい方向に流れて行っている感じがします。目的とかあんまりないんだろうな、と。 ただ画面に映るものを見て、それが美しいな、とか、面白いな、とか、素直に感じ入って、終わり、です。

動画と全然関係ないんですけど、その沖縄の家の近くに、ベビーカーを押している十数体のカカシが忽然と現れる区画があるんですが、その場所を夜中に車で通る時、めちゃくちゃ怖かったです。

2018年5月3日木曜日

第64回 こんなにしょちゅうディアボロのスティック忘れる人っていますかね

またディアボロのスティックを練習に持ってくるのを忘れました。
 リュックにはディアボロだけが入っています。 最近、日々のことをこなすのにカバンを変えることが多くて、どうもいけないです。 

その点、ダンスっていうのは、一番基本的なことは、身体さえあればできるから、いいですね。 ダンスをやる人からしたら、「いや、そんなことない、音楽だって必要だし、これこれこういう道具が必要だし」とか、もろもろのジャンルで、最低限必要なものがあるのかもしれないんですけど、まぁとにかく、何かしらの訓練ができるわけじゃないですか。 

ジャグリングにおいて、道具を忘れると何もできないことが多いです。 

ただ、僕は渡邉尚さんを思い出します。 彼は昔、ルービックキューブにハマっていたそうです。 でも、もし無人島に行ったとして、ルービックキューブ、つまりこの「特定のモノ」がなかったら、できひんやん、というので、それに気がついてからは、「石とか、ヤシの実しかなくてもできるジャグリング」を志向するようになったそうです。 

彼は、「奪われないジャグリング」を目指しているのだ、と言いました。 積み立てた技術の修練が、どんなことをされても無駄にならない、ということだと僕は解釈してます。
 僕なんかは、渡邉さんよりももっとずっと平凡な人間で、まぁ奪われたらその時はその時だ、と思うというか、ある程度道具に縛られてしまうのも仕方ないかなと思っています。というか、悔しながら、奪われないジャグリングを目指すとなると、すごくよく考えて、「飽きた」とか言わないで途方も無いくらいよく研究しないといけないのだろう、と僕には思われるので、そういう根源的な問いかたを一生し続けるだけのバイタリティがちょっとないんじゃないか、とひるんでしまうんですね。 

とりあえずこうやって道具を忘れて、何かできないかな、と考えると、そうか、とりあえず体を鍛えればいいのかな、とか思うので、最近練習している逆立ちとか、ウィンドミルとか、そういうのをやろうと思います。 ジャグリングだと思ってやっているわけではないですが。 でもジャグリングばっかりしていたら、鍛えられない筋肉とか、柔軟性とかあるし、ともするとジャグリングと全然無関係じゃ、ないですよね。

 言い訳っぽいかな。

2018年5月2日水曜日

第63回 カルチャーに音楽がついてくること

最近よくブレイクダンスの動画を観ます。
ブレイクダンス用の曲を集めたものもよく聞いています。練習するときや、歩くときに、気分がほどよく上がって気持ちがいい。

度々思うんですが、ブレイクダンスって、その底に、HIPHOPという文化があって、その上で成り立っている、ということが羨ましいな、と思うことがあります。(浅い理解なのかもしれないですけど)



その下支えになる文化がそれほどない中で、ジャグリングに「合う」音楽ってなんなんだろうな、と思います。
サーカス、もなんか違うんだよな。

2018年5月1日火曜日

第62回 ブリアンツァのジャグリングコンベンション

イタリアのBrianza (ブリアンツァ)というところで、Convention di Giocoleria della Brianza (コンベンション・ディ・ジョコレリーア・デッラ・ブリアンツァ)というフェスティバルが進行中です。


こんな感じ。
Paolo Scannavinoさん(@dottordudy)がシェアした投稿 -

僕自身、2012年に参加したことがあります。
北イタリア、ミラノに近い、ブリアンツァという町で、少々行きづらいところでやっています。
最寄駅に着いたは良いものの、駅からの行き方がわからず困っていたら、別のイタリア人の4人組が助けてくれました。(ミニバスの運ちゃんに交渉して、目的地で降ろしてもらった。)彼らがいなかったら、本当にどうなっていたかわからない。

もう今年で12年目だそうです。

ゲストをみても、ウェスもいるし、アリアネ・アンド・ロクサナもいるし、とにかく今年も、面白い人たちがたくさんいるようです。
別に日本のジャグリングフェスティバルがどうこう言いたいわけじゃ決して(いや、ほんとに)ないんですが、外国で参加するジャグリングのフェスティバルって、高揚感が別次元です。特にヨーロッパのジャグリングフェスティバルは。落ち着く場所がない、というところが、おそらく良いんだと思う。
そもそも、ジャグラーのいい感じの混ざり具合が良かったりもします。
いろんな国籍の、多様なバックグラウンドの人たちが来ている感じ。
上裸でキャンピングカーで来るようなワイルドな人たちもいたりします。

そういえば僕が行った時は、帰り、「ミラノ駅までなら乗せてってやるよ」と言われて、黒い犬と一緒にキャンピングカーに乗せられて、そのワイルドな人たちと話しながら帰ったりしました。

ああいう経験って、あんまり他ではできないです。