2018年8月16日木曜日

第169回【ここまでで思うこと】36/45日目 ヨーロッパ・ジャグリングの旅 2018

長期の旅行では、一ヶ月経ったぐらいから、日に日に、普段とは別のところにいる、という実感がなくなります。

そもそも「普段」、ってなんだったんだっけ?
と思うようになったりします。
もしかして、「普段」なんて、ただの幻想だったのかも、という思いが去来します。

日常、というのは、「今まで続いてきた文脈を、無意識に守っていた」だけなんだ、と切に思う。社会生活を成り立たせるために本能がそうさせるだけであって、実際には全然問題なく、ポッと抜けられるんだな、と思う。

今は、旅行に出る前、自分が何をしていたのか、もうあまり覚えていない。
そしてすでに、7月半ばにフランスに到着した時のことが、過去のこととして思い出される。
その後のイギリスも、さらには先週のEJCのアゾレス諸島の思い出でさえも、随分と前のことに思われる。
というか、本当に起きたことだったのかどうか、いまいち自信が持てない。

これだけの期間、流れに任せて旅をしていると、「なんで旅に出たんだっけ?」と、自分が今ここにいる理由が判然としなくなる瞬間がある。
しばらく考えて、ああ、ジャグリングのコンベンションがいくつかあるから日本を出てきたんだったな、と一応の事実を思い出す。

でも、なんで自分が今ここにいるのか、これがわからない、この喉から押し上げてくるような感触は残り続ける。

今も、大きなジムの隣で、冷房の音だけを聴きながらパチパチとキーボードを打っていて、奇妙な気分にとらわれている。

僕はフィンランドで一体何をしてるんだ?

※ ※ ※

ラウリのショーについて書いておこう。
ラウリの今回のショーは素晴らしいものだった。
自分で立ち上げたテントの中で(今回は僕も手伝った)中を暗くして、スモークをたいて、幻想的な光の中でボールを操る。

光と影もテーマになっていて、プログラム発光するボールやランプがジャグリングされる。

ステージを観客が取り囲むようになっている。
それほど広くもないので、演者との距離がとても近い。




フィナーレの、長さの異なるひもにぶら下げられた、光る器を一斉に揺らすシーンは、圧巻だった。それぞれ長さが違うので、タイミングがだんだんずれていき、それがまるで蛇のような動きになる。観客は、終わった後も、いつまでも光を見ていた。

おそらく10分間ぐらい、ずっと揺れていた。
その間、ラウリも腰をかけて、観客と質疑応答をしていた。


ラウリのショーを見た次の日は、もう一度同じプログラムでショーが行われる、というので、一度同じ内容を見ていた僕は、町に出て散策をした。
と言っても、ロヴァニエミというのは、それほど見るべきものに溢れている町ではない。

人が集まる地域は本当に小さくて、中心部分には数千人しか人がいない、とか言っていた。そしてそのうちの550人の子供が、このサーカススクールに登録している、とか。
町の子供、全員サーカス学校に入ってるんじゃないか。

そして本日。
バラエティショーのような短い演目の中で、僕も出演した。
別にギャラが出るわけでもなんでもないんだけど、ラウリが親切にしてくれて、好意で出られることになったわけだ。
僕としては、こういう風に、車に乗ってフィンランドの各地を旅できて、(しかも、なんだかんだでご飯をおごってくれたりだとか、周りのみんなもお酒や食べ物、飲み物、なんでもたくさん共有してくれるので、自分ではほとんど買い物をしてない)それだけで十分な報酬を受け取っているので、もちろん、というかむしろ、出させていただいてありがたい、くらいの気持ちで、出てきた。

これは別にお金の話をしているんじゃなくて、(お金の話もしているけど)ただ、そういう気持ちが本当に嬉しいのだ。

おととい、ラウリと二人で話す機会があった。その時、
「改めて、こういう機会をくれて、本当にありがとう」と言うと(ちょっと恥ずかしかったけどさ)
「こういう場所を見せられる、っていうことが嬉しいから」と言ってくれた。
本当にラウリは親切だよ。
こんなに優しい人がいるかい?
いや、いない。

で、ショーだよね。
短い演目をやってくれればいいから、というので、今回のヨーロッパ旅行のために作った3分半ぐらいの演目を演じた。
ご丁寧にこんな写真まで貼り出してくれた

結構いい加減な準備で、ライティングと音楽の指示も、そういえばわりに適当だったので大丈夫かな、と思ったんだけど、これがなんとかなっちゃうんだな。

本当に、事前の情報みたいなものをほとんどあてにしないで、色々と物事を進めた。
すごく気がぬけている。
でもそういうのは、ヨーロッパでジャグリングをするなら、身に付けたい精神であったりする。
事前に色々手はずを整えたい、とか、そういう部分を、ある程度、なんというのか、一旦置いておく、ということができると、ヨーロッパで過ごしやすくなる。
自分の脳の中にパーティションを作って、別の人格セクションを作ってそこでOSを起動させる、みたいな感じだ。

※ ※ ※

そして、毎晩の楽しみに、サウナとパルユ(露天の五右衛門風呂のようなもの)がある。

サウナは、まぁ日本で想像するようなサウナとそれほど違わない。
そしてこのパルユも、まぁ、露天風呂と思えば間違いない。

サンミゲル島で温泉に浸かっている時、日本の冬の露天風呂に入りたいな、なんて言っていたのだけど、このあたりは随分寒いので似たようなことができてしまった。

そしてサウナもパルユも、男女構わずみんな一緒に入る。
これは、なんだかすごくいいな、と思います。
気が緩んで、自然と会話できます。

パルユ。


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