2019年2月7日木曜日

第310回 何かが見えてきた

最近は、もっぱらFujiくんとのプロジェクトのことを考えている。
とにかく、考えている。

そして、FujiくんはFujiくんで、ものすごく頑張って製品を作っていってくれている。

なるべく早く、一般にも買っていただけるようになれば、と思っています。
乞うご期待。


2019年2月6日水曜日

第309回 つぶやきの代わりに

あ、これは人に言いたいな、という発見みたいなものは、もうそれこそ、5分に一回ぐらい、ぽっ、ぽっ、と浮かぶわけである。
だからツイッターみたいなものが流行ったりするわけだろう。

で、ぼくは今ふと、そうか、その気持ちがふっと芽生えたら、この郵便箱に投函しておけばいいのかもしれない、と思った。

そうすれば、夜中にうんうん、と唸って(唸らないけど)必死で明日の分を書かなくても良いし、なにより、余裕がある、というのは、その文章に時間を置いて手を入れる時間がある、ということでもあるし、また、どんどん流れていってしまうような場所では無い場所、に自分の考えを置くこともできるからだ。(もちろん、ツイッターでいろいろと言ってからここにまとめたって一向に構わないのだろうけど)

しばらくこのことを念頭に置いてこの郵便箱を使ってみようかと思う。
こういう風に、個人的な実践を気軽にできる場所、というのはよいです。
読んでくださる人が少しでもいればいいし、特に大々的に読まれるようなものではない、ということ。
なによりこれは、ぼく自身が頭の中で、ぼんやりと相手を想像しながら書いている手紙のようなものだから。

2019年2月5日火曜日

第308回 ことばとジャグリングふたたび

ことばを身につけるのに何が必要か常々考えている。
やはりそれは「ことばを使う」ということ以外にないのではないか、という気がする。

書籍に書いてあることを頭に入れる、ということだけではなく、本番で使うものと同じものを使うことを通して、まなぶ。

ジャグリングで、本を今日は2時間も読んだぞ、というので、ミルズメスが30キャッチのびる、ということが(おそらく)無いように、しゃべりたいのならば、まずとにかくしゃべるべきなのだ、と思う。
投げられるようになりたいのなら、投げるしかないのと同じように。
5つボールを投げるなんてそんな夢みたいなこと、と思っていた人が、何年か経ったら、当たり前みたいな顔して5つ投げているのである。

フランス人だろうが台湾人だろうが、ドイツ人だろうがアイスランド人だろうが、みんなだいたい同じような器官を備えて、同じような大きさの脳みそを持っているわけで、究極的には、人はどんなことばも喋れるんだろうな、とおもう。

ことばをしゃべるために人が何をするか、というと、ドロップをしながらも、「しゃべる」ということを介して、なのであろう。

と、いうようなことを、まいにちフランス語でスピーチしながら、思いました。



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2019年2月4日月曜日

第307回いんぷろ

インプロ(即興)をよくする。
インプロっていいよな。
インプロをしている最中の自分の体に起こっていることってなんなのだろうな、と思う。

ひとつの回答としては、自分の頭の中で考えていることは、一度外にアウトプットしないと自分で認識できない、というところにあるんだろうな、と思う。

では、思惑が、ジャグリングを通して外に出てくる、というのは、いったいどういう思惑が出てきているんだろうね。

でも、これを考えるのに、何かことばとしての「考え」が出てきているんだ、と思うと、違うような気がする。

あくまで、記憶の集積が、何か別の具体的な形になって出てきた、ということなのだろう。

※ ※ ※

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2019年2月3日日曜日

第306回 まさやん、横浜



まさやんは僕と同じ大道芸クラブで練習をしているジャグラーである。
もうなんだかんだで付き合いも長くて、一緒に韓国にいたり、イタリアにいたり、ノルウェーにいたり、オランダにいたり、したことがある。

まさやんの家で、友達を何人か呼んで鍋をしたりもする。

彼はジャグリングの中でも、「皿回し」というジャンルをそっくり変えた人物である。

彼の新しい映像が、KUMA Filmsから出された。
なんだかとても嬉しい。
そして撮影場所が僕の地元の横浜だ、ということも誇らしい。

2019年2月2日土曜日

第305回 失敗した時にどうにかする力をつけておく

携帯を忘れた。
家を出て、駅に着いてから、気づく。
ああ、忘れたなぁ、しまったなぁ、と思う。

しかし、それほど困ることでもなかったりする。
むしろ、携帯を見ないで、手元にあるノートを見返したりすることの方が意義のあることであったりする。
ああ、これをやらなきゃ、と思うことを即時的にではなく、机に座ってパソコンで一気に済ませてしまう方が、気持ち良かったりする。(今みたいにね)

失敗しないようにする力をつけるよりも、何かが起きた時にどうにかする力をつける、ということを思った。

日常生活で「迷う」ことは多いけれどもとにかく、間違っていていいからささっと決めてしまって(できれば、最初に考えついたものをそのまま実行しちゃう、くらいがよい)それで考えればいいよな、と思う。
間違っているかもしれないし、間違っていないかもしれないし、熟考して出た答えだって、結局間違っているかもしれないし、すごくよいものかもしれない。
そういうあわいの中に生きている。

そして、とりあえず「決めて」落ち着いてしまうと、次にやりたいことがぼろぼろと思い浮かんだりする。
もしくは、その「行ったこと」にたいして反省がぼろぼろ具体的に出てくる。
その上で、次、また、何かを決めてやればいい。

PM Jugglingというジャグリング道具のおみせのサイトで、不定期連載をはじめました。


2019年2月1日金曜日

第304回 まわったりしゃべったり、ともだちが親切だったり

あたらしいことをまなぶ。
ぼくは新しいことを学ぶのを、忘れてしまいがちだ。
新しいことを学んでいないと、どこか生きていて、つまらなくなったり、むなしさを感じてしまったりするようだ。暗くなっちゃったり。

なので最近は、ブレイクダンスの技を練習してみたり、フランス語を話してみたりしている。



日々ひとつひとつ、本当に少しずつなのだけど、全く自分が到達すると思っていなかった場所に近づいていく。
これは、毎日が楽しくなるコツかもしれない。
けっこうきついと思う時もあるけど。

このフランス語のスピーチについて。
まいにち、フランス語で何かしら1分間喋る。
それを100日続けようとしている。
大々的に公言してしまったからやるしかない。

第一回で、「みんな、遠慮せずに間違いをなおしてね」と言った。
何人かのフランス語話者の友人から、早速、個人レッスンをやっていただいているような、きめ細やかなアドバイスをいただいた。

実に面白いよ。

やらなきゃな、という気にもなる。
僕は正直に言うと、負けず嫌いというのか、自分の間違いを指摘されるのをすごく怖がる人間だ。そういう人間だったんだけど、そんな不遜なことを言ってないで、本当に、率直な感想や間違いの指摘をくれる友人たちに(それは今回のフランス語のことだけじゃなくてなんですが)心から感謝しないとな、とじんわりとおもった。

新しいことにチャレンジする時、見守ってもくれるし、失敗を素直に言う、ということもしてくれる人がいるというのは、心強いもんだね。