2018年5月14日月曜日

第75回 サティスファクション・オブ・ジャグリング その3


田中功起による、『犬にオブジェクトを見せる』動画。
前から、「ジャグリングをしているそばで、犬がただ何もせずに見ている演技を見てみたい」
と思っていたんですが、すでに似たような発想がありました。

昨日までのものとは切り口は全然違う動画ですが、
これは、「ちょっと変な物体」も、犬にとっては、そもそもの「常識」から無化されるから、全然変なものに見えなくなっている、というところが面白いんだと思う。
(だが依然人間の目には変なものだから、そこに明確に「認識の差」が見えて面白い)
「ちょっと変な物体」を、「ちょっと変な物体操作」に置き換えると、それはジャグリングの話になります。

2018年5月13日日曜日

第74回 サティスファクション・オブ・ジャグリング、その2

昨日に引き続き、「言われえぬ満足感を与える、物体操作」について考えてみます。
考える補助線として、とりあえずこの動画を見ています。


Wes Pedenの、『Throw Joy』から、ホテルルームの場面です。

この動画が示している一つの「爽快感」(またはギリギリで不快感かもしれない)は、昨日紹介した動画に通ずるものがあると思います。

2018年5月12日土曜日

第73回 サティスファクション・オブ・ジャグリング、みたいな

Object Episodesの、Art that Makes you Think About Juggling (ジャグリングのことを思い起こさせるアート)で紹介されていたビデオです。



すごくいいなぁ、と思います。これって、どこがいいのかなぁ、と考えています。
まだはっきりとした文章にはできそうもないのですが(そして、多分「はっきりとした」文章にはできない方がいいような気もするんですが)、思いついたこと、単語を列挙してみます。

  • 「贅沢」だ
  • 「スカッ」とする訳ではない
  • むしろ「ぎゅっ」とした満足感
  • やや「背徳感」に近い
  • だいたい誰もが一度は見たことのある品物を使っている
  • Fidget Cubeに、少し近いものがありそうだ
  • HowtoBasicには近いが、こちらの方が良いと思う。(品があるから?)
  • 「普段はやらないけど、やろうと思えば自分でもできそうなこと」だ
  • 実際にやったら、ちょっと満足する
  • 社会的な「ちょっとしたタブー」を、許される範囲で逸脱している
この質感をうまく分析できたら、ジャグリングの作品作りにも、きっと活かせると思います。

でも、ジャグラーって、ところで、本当にものを扱うことにおいて、有利な立場にいるんでしょうか。
ジャグリングは、「ジャグリング」という言葉、くくりによって「保護」されてしまっている側面があります。普通だったら何かを投げている、というのは「なんか変」なことであり、社会的には、違和感をもたらすこと、いわば「ライトタブー」です。
たとえば会社で、書類の入ったケースを取引先からビハインド・ザ・バックスローで渡されたら、不適切だと判断するでしょう。(あるいは「面白い会社だ」と思って株があがるかもしれませんがそういうややこしいことは置いておいて)

行動を「ジャグリング」という言葉でくくれる間は、少し過激なこと、「不適切」なことをしても、許されてしまう、ということがあります。

やや難しく一般化すると、「名付け」には、場で受容されうる行動の範囲を、変化させる力があります。「アートだ」と主張すると、体にペンキを塗りたくることが「是」の世界にできます。抹茶だって、普通に飲もうと思えばマグカップに入れて、腰に手を当てて飲めますが、「茶の湯」「茶道」の世界になると、それは許されません。

「会社」「社会」という単語にも、多いにそういう力がある。(つまりそれが、許容を促す力にもなりうるし、同化を迫る圧力にもなりうる訳ですね)

もう少しこの動画については考えてみるつもりです。

2018年5月9日水曜日

第70回 フランチェスコ・カスパーニさんのインタビュー邦訳



JugglingMagazine.itを読んでいたら、なんだかインタビューを邦訳したくなったので、手始めに、今年のブリアンツァのフェスティバルに呼ばれていた、フランチェスコ・カスパーニさんのインタビューを載せます。
元記事

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 ジャグリングは、2005年のジャグリングのコンベンションではじめました。
 コンスタントに練習は続けて、各地でちょっとしたパフォーマンスをしつつ、2年後にはサーカス学校に行くことを決めました。様々な理由と、コモ(地名)出身だということもあって、Flic(トリノにあるサーカス学校)に行くことにしました。ITの分野で勉強をしており、舞台関連の経験は全くありませんでした。Flicではゼロから、ダンスや、身体表現、フィジカルシアター、アクロバットの基礎を学びました。

 今は23歳で、(訳者注:このインタビューがなされた年月日は不明)今考えていることは色々とありますが、これからお金を稼いでいくため、コンテンポラリーサーカスのカンパニーを、見つけるなり、作るなりしようと思っています。ジャグリングを取り入れたフィジカルシアターの仕事では、技術を、パーソナリティを表現するための方法として使おうとしていますが、とても難しいです。
 パッシングのデュオもやっていて、その演目は、Flicで個人的に行った、ボールマニピュレーションのリサーチ、複数の物体を使うコンタクトジャグリングと、ストップの動作に関するものを盛り込んだものでした。

 「道具と仲良くなること」について研究をしていて、感情やストーリーを伝えるのは身体との対話であり、それを、リズムの変化や、身体のラインの変化や、空間での動きによって伝えることだ、という風に考えるのが好きです。

 技術の基礎は、ニュートラルな身体を以ってして習得することができます。それから、個々の身体性と向き合い、技術を自分好みに変えていくのです。
 鏡やビデオは使いません。感覚を頼りに進めていきます。なぜなら、鏡は時として人を騙すので、それよりは身体で感じ取った方がいいからです。
 とても重要なのは、取り組んでいるものを、ワーク・イン・プログレスとして人前で見せることです。

 失敗をどういう風に立て直すか、ということについても研究しています。というのは、ジャグラーというのは失敗からは逃れられなくて、ミスをすることを運命付けられているからです。それゆえ、失敗でさえも面白く見せられなければならないし、観客や、それを行っている本人にさえも、気にならないぐらいにして、演技の一部にしてしまう。むしろ、面白い瞬間、ぐらいにしてしまうのがいいのだと思います。


2018/05/09 青木直哉 訳

2018年5月8日火曜日

第69回 ヘンリ・カンガス君



フィンランド生まれの、ヘンリ・カンガス君が新しいビデオを出しました。
ディアボロを手で紐伝いに投げる、という動作をベースにしたトリック集のようなもの。
彼は、そもそもが、普通にディアボロを扱わせても、とてつもなくうまいです。
一昨年フィンランドで会った時話を聞いたら、「小さい頃からディアボロが僕のおもちゃだったからね」とのことでした。

もうディアボロはだいぶどん詰まりじゃないか、とか思ってしまったりもしますが、こういう動画を見ると、なんだ、まだまだ色々ありそうだな、という気になってきますね。

ヘンリ君、今はオランダのサーカス学校Codartsに行ってるんだ。